パイレーツ・オブ・レズビアン 1  序章 

 台風一過という言葉がある。この言葉は、台風が通り過ぎたあと空が晴れ渡りよい天気になること、という意味だ。その意味に相応しい静かな浜を僕は歩いていた。通過したのが昨日の夜だったにもかかわらず、波は信じられないほど穏やかで、昨夜うち揚げられたはずの大木がまるでずっとそこにあったかのように、しんと横たわっている。街のゴミが流れ着くこともない辺鄙な島の、平和な、台風一過の朝。

日差しが気持ちいい・・・

砂浜の感触を楽しみながら、ふと目を飛ばした先、すぐそこの波打ち際に何かがうち揚がっている。
近づいてみると、、皮でできた三角形の物体だった。なにやら大きな鳥の羽が一本刺さっている。持ち上げて裏返しにしてみると漸く分かった。どうやら帽子らしい。数年前に流行った海賊映画でジョニー・デップが被ってた、あんな帽子。

「こんなものどこから流れて・・・・・・なんだ、、あれ?」

ボートにしては大きい、そして大きいボートにしては奇妙な、塗装すらされていない、遠目からでも分かる「木」の船。
小型の漁船ぐらいの大きさの「それ」が湾の中ほど、朝日を照らす海面に浮かんでいた。
木の枝じゃあるまいし、あんなものさっきはあっただろうか?
とりあえず船に向かって手を振ったり、声を出して呼びかけてみたが、何の反応も返ってこない。
この帽子はあの船から流れてきたものだろうか?何かあるのだろうか?船に誰もいないのか?・・・・まさか、漂流!?
ふつふつと湧いた好奇心に任せて、僕はボート置き場へ走った。

 

 

 青い空。碧い海。後ろを向けば、岬の鳥居に休むカモメたち。。そして目の前には・・・・・・海賊!!??

 

嘘ではない。今、デップの映画に出てくる海賊のような格好をした、長い赤毛の少女が、僕に刺身包丁の親分みたいなでかいナイフを突きつけてがなり立ててくる。

『○×△●!!●△▼××××●○●?!!!』

ぅわあ、外人・・・・外国語だ。。たぶん英語?全然わからん・・・というかこの子は何だ?どこの子?アメリカ人・・・かな?白人だし。映画の撮影?カメラはど・・こおおおおぉぉぉぉぉぉおおおお??!!!!

「ちょっ!それって銃!?やめてやめて!タンマ!ストップ!すとぉぉぉぉぉっぷ!!!」

ジョニーの映画でジョニーが使っていた、というか海賊が使っていた、あんな銃を僕の頭に押し付けながら、怪訝な表情で少女は答える。

『Stop?・・・◎▼、●■!・・・××・・・、、◎■▼△English?◎○××?』

「い、いんぐりっしゅ?イ、イエス!イングリッシュ!オッケーイングリッシュ!」

『Yes?・・・・▼◎■!』

少女は叫ぶと銃口で僕の頭を押しのけた。英語は全然分からないが、きっと「嘘つき!」って言ったんだろう・・・

「お・・・落ち着いて。。・・・日本語!ニホンゴワカル?あ~…ニホンゴ!ワカ~リマスカ~?・・・・・・ノー!ノー!!やめてごめんなさい!首!刺さる!!刺さっちゃうから!!!」

『Don't ■◎■,F×××▼△○△!』

首筋にナイフを突きつけられ、顎下に切っ先の腹が触れる。その冷たい感触に背筋が凍った。

「ほんとに、待って・・・君が何を言っているのか、分からないんだ・・・ぅう!?」

ナイフで顎を持ち上げられ、首をあらわにされる。怖い。彼女が切っ先を少しでも押し出せば、これが、僕の無防備な首に沈むだろう。怖い。僕は泣きそうな顔で、下目遣いで彼女の顔を見る。彫りの深い、いかにも外人らしい整った顔立ち。気の強そうな眉の下の青い目。それが僕の目と会う。視線を外そうとせず、僕を冷たく睨み続けながらも、それは僅かに潤んでいた。

目を奪われながらも、気づいた。真一文字に閉じた唇。口の端が、微かに震えている・・・目を見つめながら、僕は呟くように聞いた。

「・・・もしかして・・・君も、怖いの?」

青い目が一瞬船の方を向いた。顎下の冷たさが離れる。言葉じゃない。言葉の意図が伝わったのか、またはようやく意思の疎通が出来たからか、彼女のナイフは首筋を離れ、こちらを睨んだままの瞳の冷たさが、ほんの少しだけ和らいだ。

「あ・・ありが」

一閃。

鼻先に風が。

「おおおぉぉぉお!???」

とっくに通り過ぎていったナイフの軌道を目で追いかけ、ハッと彼女の顔に視線を戻す。

少女は顔を真っ赤にしながら怒鳴った。

『×××■!▼△□△◎!◎■▼△■□■!?』

凄く怒ってる・・・みたいだ。

瞳にはさっきまでの冷たさが消えうせ、赤い髪と合わさってまるで青い火の玉のようだ。
彼女が放つ雰囲気の変貌に、急にバカバカしくなり、急に怖くなくなり、我慢できなくなり、撃たれるかもなんて忘れて捲くし立てる。捲くし立てたくなった。

「なんなんだよいきなりっ!こっちは漂流かと思って親切で来てやったのに!何度も呼んだのに応えもしないで!船につけたらいきなり飛び乗ってくるしっ!それでこれだよ!てか日本語喋れよふざけんなよ!!ふざけんなっっ!!」

『■▼!・・・××・・・』

突然僕がキレたことに、少女は少しだけ怯んだようだ。銃は向けたまま、顔はまだ赤くしたまま、目は青い火の玉のまま、包丁の親分を鞘に収めてくれた。僕をジトリと睨んだまま、黙って指で彼女の船を指す。船の中を覗け・・・ということだろうか。
彼女の船はこっちの手漕ぎボートより背が高い。僕は銃口の視線を感じながらも、ゆっくりと、船のヘリに手をかけ体を引き上げて、覗いてみる。・・・・金髪?

小さなタルだけが転がり、他には何も無い船の中で誰かが横たわっている。くすんだ毛布に包まって、毛布がかすかに上下している。狭い船の中で、その金色の巻き毛だけが目立っていた。
・・・女の子?息はしてる・・・?・・・弱ってるのか・・・・
彼女を見た瞬間、僕は赤毛の少女の意図、伝えようとしていること、そして怖がっていた理由が全て分かった気がした。きっとこの金髪の子も、僕と言葉は通じないだろう。

 「この子のために?いったい君たちは・・・いや、とにかく、この子を助けて欲しかったの?」

金髪の子に指を指しながら聞いてみると、赤毛の少女は何度も頷いた。言葉は通じなくても僕の聞いている内容はだいたい分かるらしい。そして片手で何かを飲む仕草をする。

「水、飲み物・・・だよね?・・・・わかった!オッケイ!オッケイ!ボク、キミタチ、タスケル!オケイ!?」

『OK!◎◎■■!・・・・Thanks..』

赤毛の子は少し恥ずかしそうに、僕に笑いかけた。どうやら警戒も解いたようだ。

何についての話なのかを共有してしまえば、あとは言葉が分からなくても身振り手振りで十分に伝わる。

「それじゃ、とにかく陸にあがろう。あ~陸、リク!オッケイ?コノコ、僕のボート、ウツス!オッケイ?」

僕は必死に陸地と金髪と自分の手漕ぎボートを指して、彼女に意思を伝えようとする。彼女はニコリと笑いながら頷き、銃をベルトにしまって彼女たちの船に乗り移り、毛布に包まれた金髪の子を優しく抱き上げると、ボートの上の僕にそっと手渡した。

「おっと・・・ゆっくり、ユックリ、、オッケイ?」

おっかなびっくり受け取る。・・・赤毛の子より小さいようだ。だが抱きとめた体の小ささと不釣合いに、ズッシリとした重さが伝わってくる。。きっと赤毛の子と同じように、この子も銃やらナイフやら、同じような格好をしているんだろうな・・・

受け取った子をそっと寝かせ、ふと金色の巻髪に隠れた少女の顔を見てみる。・・・キツそうな感じの赤毛の子と対象的な、柔らかで、幼げな顔立ちだ。微かな息遣いが無ければ、まるで人形みたいな・・・・目が、開いた。

髪の色と同じ、丸い金色の瞳と目が合う。

「あ・・・」

『Ah..........』

目の前にはこちらを見つめる金瞳。

しばしの沈黙。一瞬思考が止まる。

次の一瞬、目の前には迫る水面。

『◎■▼△■□■●△▼××××●○●●△▼××××●○●▼△■□■●△▼!!!!!!!』

顔から海に着水する寸前、耳には金髪の子の悲鳴が届いた。大きく、張りがある。

・・・・元気・・・じゃないか・・・・

 

台風一過という言葉がある。 この言葉は台風が通り過ぎたあと空が晴れ渡りよい天気になること、そんな意味の他に、騒動が収まり晴れ晴れとすること、という意味の四文字熟語でもある。
・・・・このお話の最後が「晴れ晴れ」となるかは分からない。が、今にして思えば、この時あの浜辺で『彼女』の帽子を拾ったことが、僕や僕の周囲を巻き込むド級台風を呼び込むきっかけだったのだろう・・・・・・騒動は始まったばかり。

 

パイレーツ・オブ・レズビアン

第一話 序章 呪われたパイオツたち 完